パドヴァ大学の植物園です。
大きな温室があるので、そっち行ってみたいと思います。ちなみに奥に見えるのはサンタ・ジュスティーナ聖堂です。反対側にはその前に行ったサンタントニオ聖堂が見えるし、ドーム型のてっぺんも似ているので間違えた観光客が、
『あ、サンタントニオだよー』
と言ってました。ち、違うよぉ。
画像向かって左にあるのがおっきな温室ですが、こっからは見えないですね。
はい、位置を変えて左側の温室です。長さ110m、深さ最大30m、高さ11〜18m。ここに5つの温室が連なっています。
温室の中には熱帯雨林の状態を保つようなものもあり、深さ284mから井戸を汲み上げて、24度の温度を保って一年中植物が生きられるようにしてるんですって。他にも地中海気候や乾燥気候のようにブースによって生きる植物の環境を変えています。
ミストが降り注ぐ中、でっかい一本の木。
バナナでした〜。
これはパパイヤ!
遠くからだと分かりにくいですが、こちらも実がヒントになりそうですね。
カカオですね。
トゲトゲがある特徴的な木。これはフロスシルクツリーと呼ばれる南米のものです。日本だとトックリキワタと呼ぶそうです。19世紀にこの植物園にやってきてから観葉植物として広まったとか。
しかし高さ20〜25mにもなります。バオバブと同じアオイ科の植物です。
南アフリカ原産のEuphorbia grandidens。ユーフォルビア・グランディデンスっていうトウダイグサ科の常緑多肉植物。日本だと石垣島とかで観れるらしい。
他にも大小様々な不思議な植物を見学しました。
温室内は暖かいってより暑い。ここを訪れるなら半袖になれる格好のほうが良さそうですね。私も2枚ほど脱ぎましたがそれでも暑かったです。この植物園では沢山の写真を撮りましたが、そのうちの一部を3回に分けて紹介しました。
外に出たら若干は過ごしやすくなるかと思いきや、この日は本当に天気が良くって、温室手前の広場で昼寝している人もいました。これで大体は回れましたので、私は次に進もうと思います。
流石にお腹が空いてきたな。
そりゃそうか。もう15時です。
つづく
400年以上生きるゲーテ・パーム。一番古い植物園のレジェンド。
1585年にここに植えられ、ドイツの詩人ゲーテが1786年に訪れて1790年に『植物の変態に関するエッセイ』が出版されました。
パドヴァ大学の植物園より昨日の続きです。
1784年には木造温室が既にあり、2015年9月に修復され、この温室は高さ10メートルの植物をちゃんと守っています。ここ数百年の間にはいろんなことがあったはずなのにおそらくみんなで力を合わせて保護してきたのでしょうね。
奥にある細長い温室も覗いていこう。
小さな鉢が沢山あり、イタリア人観光客が熱心に写真を撮っていました。

造詣が浅すぎて、私にゃなんだかよくわからん。
どうしてこんなにみんな食いついているんだろうと横の大きなパネルを見て、
『あっ!』
食虫植物コーナーでした。
うえー、キモい。
後で調べたらアフリカナガバノモウセンゴケっていうらしい。
地味に人気のあるお部屋でしたが、個人的にはそこまで盛り上がらず、隣の部屋に行ってみたいと思います。
なんかボサボサした部屋だな。
これでいいのか、手入れを怠っているのかさえわからん。向かって右側のガラス張りの手前にはサボテンが沢山見えます。てことはサボテンコーナーってことか。
係員みたいな人がいる。
お邪魔かしら…ま、早々にここは退散したほうがいいのかな?
そんな草の中に見覚えのある動物。ね、猫!?
猫がいました。驚くほどでもありませんが、猫が寝ています。
係員のお兄さんがニヤッと笑って、
『気持ちよさそうだよね〜』
そうですね、爆睡ですねって話しながら猫を見つめていたんです。
隣のお部屋だったら食われてたかもしれないぞ。ここで良かったぁ。
『今はそっとしておこう。閉園になったら外に出さないと』
へー、ニャンコでさえ外に出されちゃうのね。彼曰く、他にも何匹かここを訪れる猫がいるそうです。
厳格なルールのもと、この植物園は守り伝えられていることを知りました。
おやすみなさい😴
サボテンをしれーっと眺めた後、温室を後にしました。ここもどれだけの大きさかわからないのでさっきの美術館みたいに不完全燃焼で終わるのも良くないし。
ちなみにこの植物園が1997年に世界遺産に登録された理由は、
世界中の全ての植物園の見本になっていること。植物学、医学、化学、生態学、薬学への発展と貢献
が評価されたということらしいです。
私が訪れたのは3月5日で、まだお花などが見受けられません。
それでも探せば何か見つかるだろうとウロウロしていたところこんなのがありました。なんか咲いています。
Prunusって書いてあります。スモモ属ですね。でバラ科だってさ。
サクラ、モモ、ウメ、プラム、アーモンドと同じ仲間。
思いもがけず、お花見ができました。
静かな空間の中、うっとり。そしてポカポカ。あの猫のように横になってお昼寝したくなります。
もう少し経ったら満開になってたでしょうね。
そこで日本原産のものは無いのかしらとここに来て思い出したところ、これはそれっぽいですよ。
シュロの木(Trachycarpus)ですって。
中国ー日本って書いてある。ピンとこないがそうなんでしょう。よし、次行くぞ。
今度はでっかい温室があります。
いや、今回中にまとめるには量が多すぎますね。
ここは次回ご紹介しましょう。
つづく
聖アントニオ聖堂を後にして向かうは植物園です。
パドヴァの植物園は1545年創立でメッチャ古いんですよ。
1997年にユネスコの世界遺産に登録。1997年ってブルネッロ・ディ・モンタルチーノの当たり年って言われていますが、イタリアの世界遺産も当たり年でしたね。沢山の世界遺産が登録されたのが1997年でその一つがパドヴァの植物園です。
古いって500年近く前ですもんね。単なる植物園って訳ではなく、厳密にはパドヴァ大学の付属という位置付けです。綺麗なお花や珍しい植物があるといったほんわかしたものというより、学術的に重要なもの、とりわけ薬用植物がメインで医学発展などの研究を目指すものでした。
現在は約6,000種ものコレクションと50,000冊以上の本や写本が所蔵されています。
美術館よりは目が疲れることもないでしょうし、緑を見てのんびりしながら日向ぼっこしよう。
この日は本当に気持ちがいい気候でした。雨だと屋外の見学はあまりしたくないですもんね。
チケット売り場には売店もあって、センスの良いグッズが売っていました。
チケットを買うと同時にマップを貰えます。これは見た方がいいよってなアドバイスがあって、シンプルながらわかりやすい地図です。
世界で一番古い大学植物園。
歴史的に貴重なだけでなく、希少種や絶滅危惧種の保護や関心もあります。教育や普及などの研究活動など大学施設らしいですね。このように奥には先ほどの聖アントニオ聖堂が臨めます。さらに手前には円形の菜園がありますね。これも現在と変わりません。
貴重な種子や植物があるため、盗難などの被害に遭うことも。よって、管理は非常にしっかりしていますが、近くでいろんなものをのんびり眺めることは全く問題ありません。
プラタナス。これ1680年って書かれていますね。
落雷でこうなっちゃったらしいのですが、元気そう。
柵がありますが、中に入ることも可能。
この植物園はヴェネツィア共和国が所有していたものや貿易国などから貴重な品種が届けられたこともあり、現在に至るまで重要だということは変わりありません。そもそもパドヴァ大学医学部が要請してヴェネツィア共和国が設立したものなのです。
入ったはいいがチンプンカンプン。植物は方向音痴と同じくらい自信を持ってわかっちゃいない私のマイナス特技です。
これ、見てわかったら面白いんでしょうね。
…猫に小判。
イチョウの木。1750年、中国って書いてある。
イチョウは男性と女性があって、実をつけるのが女性だそうです。これは男性で、1800年代の半ばに女性の枝を接木したんですって。
へー。
この温室育ちで大切に保存されているのがこの植物園最古のもの。1585年っていうから長生きよね。
ゲーテ・パームと呼ばれるのはドイツの詩人ゲーテから付けられた名前です。1786年9月26日にゲーテは長いイタリア旅行の中でこの植物園も訪れています。
中に入ることもできますが、この日は暖かい上にこの温室の中は恐ろしく暑い。
つづく
ようやくスクロヴェーニ礼拝堂のエリアを後にすることになりました。
この日は天気が良くて、日中は半袖でもいいくらい暖かい日でした。
少し散歩をしつつ、町を南下してみます。
トラムのあるメイン通りの一本奥を通っていたせいでしょうか。人通りも少なく、店は日曜日のせいか開いていません。ここだけ見ると小さな町に来たような錯覚を覚えますね。開いている店といえばお食事どころばかりです。時間のせいか繁盛しているみたいですね。
あら、スーパーは日曜日なのでこちらもお休みですって。この感じ、懐かしいな。フィレンツェも私が来た頃は日曜日はスーパーが閉まって、唯一月の最終日曜日はスーパーが開いていました。今となっては休みなんぞクリスマスくらいで日本と変わらない位便利にはなりました。
実はこの後にメインストリートを通りましたがどの店もスーパーも開いていました。通りによって全く違う姿を見て、パドヴァも一言で説明できないもんだなって感じました。
ここにはパドヴァ大学ってボローニャ大学に次ぐと言われる古い大学があります。今年市場の店にいらっしゃった日本人男子がその大学生で、機械工学だかの権威の先生がいらっしゃるから留学してたって言ってたな。出会える偶然はないだろうけど、どこかに住んでらっしゃるのね。
サント通りを真っ直ぐ歩いた先に見えるドームを持った建物。
あそこに行きます。
サンタントーニオ聖堂。
聖アントニオ(1195-1231)ってのはポルトガルのリスボンに生まれて、そもそもはフェルディナンドって名前だったけど、後にアッシジの聖フランチェスコが創始者であるフランシスコ修道会に入り名前をアントニオに改名。彼らは同時期に生きたから、直接会って話もしています。そんな聖アントニオが亡くなったのがここパドヴァなので彼の名を拝した聖堂がここにあります。そして聖アントニオはパドヴァの守護聖人よ。
画像の標識、聖人通り(Via del Santo)のサントとはアントニオさんのことを指しているのね。
聖堂前は広場になっていて、市民の憩いの場のようですね。
聖アントニオは先ほど話した通り1231年に30歳代半ばで病死してしまうのですが、翌年には聖人に列聖され、さらにその数年後にはこの聖堂の建築が始まります。愛されてますね。
ファザード中央扉の上にあるルネッタに描かれているのはマンテーニャの作品ですね。
実はこの建物の中にも有名な芸術家が作品を残しています。
が、
残念ながら写真禁止。特に並ばずに入れましたので、ゆっくりした散歩くらいの速さで巡ってきました。この聖堂内のフレスコ画は2021年に登録された『パドヴァの14世紀のフレスコ作品群』にも選ばれています。ジョットが描いたスクロヴェーニ礼拝堂と一緒にね。あとは訪れてご自身の目で確認してください。
ぐるっと見学して外に出ました。最後にもう一度教会を眺めると、手前に1ユーロから40ユーロのロウソク売り屋があって、こういうのフィレンツェにはないので少しニヤニヤしながら見ました。
さ、もう一つ世界遺産に行ってみよう。今度は先ほどの2021年という直近の登録ではない世界遺産です。1997年に登録されたパドヴァが誇るアレが近くにあります。それ、行ってみよう。
つづく
じっくり見学していたらなんか終わらない。
これは大変だと上の階にあるピナコテーカで絵画を観ることにしましょう。
これまたどんだけあるんだってくらい部屋と作品が多くって。
絵画か古代の出土品か、どっちから見たって集中力は続かないもんですね。私がウフィツィ美術館でのガイド最長時間は5時間でした。途中休憩を挟んだもののあの時は本当に疲れました。今回は仕事じゃないけど、色々見たいじゃないですか。でも全ては不可能なので、画像に残っているいくつかを紹介したいと思います。有名なものとかもありますけど、完全に私の主観でお届けします。
しかし展示の仕方が特殊で、この通路では中庭が左に見えて、右側に絵画、通路の真ん中に小さなブロンズなどの作品がガラス張りで左右に陳列された形で並んでいました。こういう時って困ります。私は右側の絵を一気に見てまたこの位置まで戻り、それぞれのガラス張りを一周しながら見て回ったので随分と時間を取られました。どういう鑑賞の仕方が正解なのかわかりませんが、非常に効率が悪いやり方です。
小さな聖母子ブロンズ製の作品。どちらかがフィレンツェ(15世紀後半)でもう一つがパドヴァ(15世紀終わり〜16世紀初め)のものです。
フィレンツェのは向かって左側です。
パドヴァはヴェネツィアが近いからそっちに引っ張られた傾向があるはずなんですが、この2体をずーっと見て時間が大分経ってしまいました。
キアーラ・ヴァロターリ(1584 Padova - 1664 Venezia)が描いた裕福なお坊ちゃんお嬢ちゃんの肖像画。女流画家がまだまだ珍しい時期ですが、お父さん(Dario Varotali ill Vecchio)と弟(Alessandro Varotali)も画家でした。目一杯のおめかしをした子供たちを見ながら当時の流行りの服や髪型を知ることができますね。
そのアレッサンドロ・ヴァロターリに師事したピエトロ・デッラ・ヴェッキア(Pietro Muttoni detto Della Vecchia)ってヴェネツィア人画家の作品、ダヴィデ。ダヴィデが首チョンパした敵のペリシア人であるゴリアテの頭をイスラエルの初代王様であるサウルが持っていて、後ろに赤い帽子を被ったダヴィデがいます。2人のお互いを見つめる眼が微妙な関係を著しているというか。この辺って旧約聖書を知っていた方が面白く感じるのでしょうが、これもじっくり
見てしまった作品です。
大分経ってからようやくこの美術館のダメなところが見つかりました。とにかく椅子が少ない。私は何度も座りたくて疲れてしまったのですが、もし椅子やベンチがあったらこんなに辛いことはありませんでした。昨日も話したジェノヴァの白の宮殿は至る所で座れたのですけど、ここは本当に少ないです。
とうとう私は誰もいなかった係員のための椅子に腰掛けてしまったくらいです。
死せるキリスト。
グイード・マッツォーニ(モデナ1450-モデナ1518)の作品。テラコッタを使った作品が多い彼のキリスト像がなぜか惹かれてこれもずっと見ていました。
美術館でも終盤になった頃、ようやくベンチを発見。座ったものの目が限界で一度外に出ようと思いました。
9割ほどは見学したつもりです。あともう少しだったけど…
一度預けた荷物を持って中庭にあるバールに行きました。カッフェで休憩したのですが、この後また続きを見ても頭に入らないだろうと続行は諦めました。ちなみにここではパスタなどもいただけます。また荷物を預ければ閉館まで美術館への再入場は可能です。
地図を見ながらこれからの対策を練って不完全燃焼でここを後にしました。
他にも見どころがたくさんあるパドヴァですが、13時はとうに回っています。
バスが出発するまであと4時間半ほどあります。
散歩をしながら気分転換しましょう。
つづく