みなさん、こんばんは
中央市場でーす。忙しかったね、今日は。そして今回は語りまっせ!
『6年前に来ました』とか『2年前に来ました』とのリピーターさんもいて、有難いと思った。
『ガイドのアルバイトまだやっているんですか?』と言われ、苦笑いで『お店もガイドも本業なんですよ』とお返事したりして。
今年の春頃、こちらに住む日本人の友人が2人、日本に完全帰国することになったと打ち明けられた。
一人はシエナに10年ほど住んでいた男性で前向きな帰国になりそう。
もう一人はフィレンツェに住んでいた女性だ。彼女は私と滞在期間がほぼ同じぐらいだから17年だと思う。優秀な彼女に色々勉強を教えて貰ったり、悩みを相談したり、今となっては現在フィレンツェに住む数少ない同期の一人だった。50歳半ばでこの決断をしたのには勿論理由があるからであって、人生の3分の1ほどを過ごしたフィレンツェの想いと共に旅立った。二人とも沢山の共通の思い出がある。一抹の悲しみを感じざるを得ない。是非日本でも明るく楽しく過ごしてもらいたい。
私の周りではまず第一次完全帰国組は40歳台に訪れる。それは両親が高齢になって面倒を看るためとか、決して高額ではないイタリアの給料で、人生設計のリスタートの為とか、理由は人それぞれ。日本人夫婦の場合も日本完全帰国は少なくない。イタリア人ではない外国人とのご夫婦も二人にとってイタリアはどちらの出身でもない第三国なのだから、どちらかの国に移住することもよく聞く。私の30年来の友人はスペインでアルゼンチン人と結婚し、しばらくスペインに住んでいたが、その後日本に引っ越しって、のちにブエノスアイレスに住んでいる。
実はフィレンツェに住む独身の日本人女性も結構住んでいて、生活自体はおそらく普通に働いていればできるのだが、問題は貯金ができるほどではない現実。こういう不安とここの生活を天秤にかけて、何かしらのタイミングで日本に完全帰国することもある。それが恐らく50歳台の第二次完全帰国組。
さて、私もフィレンツェ在住の独身女性な訳で、有難いことになんとか生活も出来ているが、もしやのことで日本に完全帰国するかもしれないかもしれないと考えてみた。もしやというのは日本に一人で老後を謳歌する母のことで、幸い実姉が母の家からそんな遠い所に住んでいる為、非常に助かっているし感謝しきれない。しかしもし母に何かあれば、飛んで日本に帰り一定期間は側にいてあげたいと思っている。そして市場のお店はともかくとして、ガイドはフリーランスなので私は非常に身軽な立場にあるのも結果オーライの今日この頃だ。
それを私は『運がある』と信じている。どんなに優秀でイタリアに住んでいたくても、運悪く仕事が見つからなかったりして泣く泣く帰る人たちもたくさん見てきた。これは自分自身ではどうにも出来ないことで、運以外の何物でもない。私は頭が余り良くないが、自分のことは客観的に判断できるのでわきまえているつもりだ。博打に出た人生は一度もやっていないと思う。だからこそ、こっちに来てからは『5カ年計画』を立てている。ざっくりでいいので、40歳で何をするとか45歳、50歳、55歳での未来予想図は一応作っていて、そこからさらにその目標のために毎年何をクリアするのかさらに詳細な目安を書いている。何度も言うようだが、これらだってありえない事情から頓挫することも予想される訳でそれも伏線には入れている念の入れようだ。
45歳の今、目標はクリアした。これからは50歳の青写真に向けて動くつもり。私の幼少時代を良く知る家族を含め日本に住む私の友人たちは私の行動が危なっかしいらしく思っているが、意外と手堅く生きているのよん。石橋をハンマーで大いに叩いて渡るタイプです。
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