みなさん、こんばんは。

トリノでーす。
王宮は混んでいて、チケット取るのが一苦労っぽかったので諦めてランチします。前回行ったところにまた訪れてみました。
この前訪れたばかりでしたので、オーナー夫婦は私のこと忘れちゃってたけどウェイトレスさんは覚えていてくださいました。
嬉しいですね。
本当は前回と同じものを頼みたかったけど、ランチをすると友人が言うので上の階で食べます。ここの店は下の階がアペ専門で、お食事は上の階と決まっているようです。
ワインはネッビオーロ。
あんまり得意なブドウじゃないが、いつか好きになれるんじゃないかと毎度チャレンジしています。
前回と同じピエモンテ州発祥のお料理、バーニャ・カウダ。
伝説によると元々はブドウの収穫の終わりを祝う宴会のメイン料理だったそうです。エクストラ・ヴァージン・オリーブオイル、ニンニク、アンチョビ。ピエモンテの南部では18世紀までオリーブオイルが生産されていました。そしてそれを証明するいくつかの町の名前が残っています。ピエモンテ州アレッサンドリア県のオリヴォラ、アスティ県のサン・マルツァーノ・オリヴェートなどがそれですね。オイルはリグーリア州だけでなく、ニースや1860年までピエモンテ王国の一部であったプロヴァンスの一部からも入手していました。樽で圧搾されたアンチョビも同じ期限で、『塩の道』を通ってピエモンてに届きました。塩は貴重で、サヴォイア家によって課された重税に対抗して1600〜1700年代にかけてリグーリア州とピエモンテ州で歴史家が『塩戦争』と呼ぶ反乱も起こりました。
税金を払わずにピエモンテに運ぶためのトリックは、徴税人を出し抜くことでした。塩で満たされた樽の最初の表面層はアンチョビに覆われ、それが塩を隠していました。ニンニクを嫌う裕福な階級によって長い間無視されてきた素材で陽気な料理ですが、最初のレシピが登場したのは1875年のことです。ソースで味付けされた野菜(バーニャカウダは『ホットソース』を意味します)はみんなで食べるためのテラコッタの鍋とそれを温める固形燃料(若しくはアルコールバーナー)。
生野菜と調理した野菜をバーニャカウダに浸して食べます。
2013年、このソースを無形遺産としてユネスコに申請しました。アスティでは秋のバーニャカウダの日として祝われます。全てのレシピと同様にバーニャカウダもバリエーションを生み出し、四旬節にはポレンタ、サラダ、パスタの味付けにも使用され、最後に残ったソースにはスクランブルエッグや白トリュフを加えたりもします。オリーブオイル、ニンニク、アンチョビで味付けしたPizza Vercelleseって新しいお料理もあります。
ニンニクが苦手な場合はオイルをそそ部前に牛乳で煮て薄めるといいです。
あとはタヤリン(Tajarin)、ピエモンテ州の郷土パスタです。
卵麺で、タリオリーニ(Tagliolini)と同じイメージで大丈夫。季節の野菜、アーティチョークを使ったパスタと、
ミートソースのタヤリン。
これ、とても優しいラグーでして甘味が詰まったものでした。
毎度のことですが量が多い。これでフィニッシュよ。美味しいのに食べられない相変わらずの少食人間にはちょいと辛かった。
お腹いっぱいなので、歩いて腹ごなしすることとしましょう。
以前のこのお店のバックナンバーは
です。
こちらもよろしくお願いいたします。
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